お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

石村嘉成さんの中に生き続けるお母さん

「日常の嘉成を見てほしい」。画家・石村嘉成さんの父・和徳さんの言葉に導かれるように、愛媛県新居浜市へと向かった。嘉成さんと一日時間を共有し、すべてがわかったとは言えない。重度の自閉症児を育てる両親の想いが、そう簡単に理解できるはずがない。

石村嘉成さん、30歳。アーティストとして数々の個展を成功させるほか、昨年は嘉成さんと家族の物語が映画化もされた、まさに時の人。幼い頃、母と子で厳しい療育を乗り越えた。療育の主役は、母・有希子さんだった。

「嘉成は一生誰かのお世話なしでは生きていけないかもしれない。だから人に好かれる子になってほしい」。有希子さんが病に伏せてからは、より強く夫婦で願った。ともすれば価値観の相違で夫婦間にズレが生じることもあるが、重度の自閉症児の自立を目指す2人には、ズレなど1ミリもなかった。

和徳さんは言う。「着物や洋服を縫う時しつけをするでしょ。子育てもしつけが大事なんです。しつけることできれいに縫える。子育ても同じ、しつけることで好ましい大人に育ちます」。滞在中、和徳さんが嘉成さんを叱る場面が何度もあった。「人が話している時にしゃべってはいけない。人の話をちゃんと聞きなさい」。最近はやさしい親ばかりで、厳しい親をあまり見ない。そんな父と子のシーンが新鮮だった。

「世間で嘉成の絵の素晴らしさを評価していただくのはうれしいが、それは嘉成の才能ではなく、嘉成が努力した結果です」。11年前から嘉成さんが毎日描いている絵日記を見せてもらった。初めの頃の絵には子どもっぽさが残るが、絵日記を何冊も見ていくと、みるみる絵が変化。それは、画家・石村嘉成の軌跡ともいえる。

3時になると、嘉成さんがコーヒーを淹れてくれた。誰かに言われたからではなく、私たちのために。いや、有希子さんが「横浜から来てくれた皆さんに、美味しいコーヒーを出すのよ」と、嘉成さんにささやいたのか。

おこがましいのを承知で書くが…。私は、嘉成さんを私たちにつないでくれたのも、有希子さんの母としての想いであるような気がしてならない。「嘉成はたくさんの人々を救い、社会に貢献するから」と。

嘉成さんに、海という字には「母」という字が入っていますねと言うと、「うん!」とにっこり笑ってくれた。

もし嘉成さんに障がいがなかったら…、「画家・石村嘉成」は誕生していないだろう。強くて深い母の愛。そして、今も嘉成さんの心の中で生きている有希子さん。だから、嘉成さんはがんばれる。

障がいがあるなしではなく、子どもを育てるということを、有希子さんと和徳さんから学んだ。

たくさんの動物たちと一緒に新居浜の青い海を越え、世界を飛び歩く嘉成さんの姿が見えた。  (藤本裕子)