初めての算数サークルの会報を作った記録が数枚残っていてこれは第1回目である。
ここでは自己紹介を兼ねて、日ごろの生活で感じたりしたことを報告するところから始まり、それを聞いた講師がその日に伝えたいことを話されるのだった。
問題提起的言葉がこちら
知恵遅れはぼんやりしている。ではぼんやりしているのは知恵遅れだからなのか?健常児でぼんやりしているのは一体何なのか?
これまで先生はよく「意識する」ということをおっしゃっていた。私達母親がどれだけ毎日の生活において「意識」しているのかを確かめようと「1対1対応」を課題にした報告だった。
Aさん:いざ意識してみるとなかなか生活の中から見つけられない。パンツに足を入れるのは1対1対応?顔写真など見せると指と写真を合わせようとするのは?
Bさん:トランプで神経衰弱。同じ数を合わせるのは何?
Cさん:ボタンを掛け違えると…1対1対応は?洗濯物の山の中からお父さんの、おかあさんの・・・
そして私と子どもの話で娘が3年生の時出したものが、敷布団と掛布団。頭とかつら。これで笑ったが次には桜と春でこれにはまいったなと思った思い出。そして息子が中1になったころなぜか我が家の話題になったらしく私が自動販売機はどうかな?に息子は100円玉1個とは限らないし50円10円の組み合わせがある・・・と言っていた。
講師の話のまとめ
対応(1~2歳)頃、写真と指の関係は同じもの同志の集合作りに行く。
1対1対応(3歳半)頃、数えなくても多い少ないの違いがわかる。
つまり1対1対応の前段階に対応(集合作り)はあるということ。
ボタンと穴、掛け敷き布団、洗濯物、トランプの合わせ、パンツと足、頭とかつらなどは対応にあたる。
1対1対応というのはあくまで多い少ないの違いのことである。
桜と春は1対1対応の応用編と言えるし、ボタンの掛け違いは1対1対応の発見につながると言える。
ことば(反対語)・・・にている・・・・・おお い・・・量
ちがっている・・・おお きい・・・大きさ
にているのは「おお」であり、言葉として量と大きさの違いになる。
量は分離量・・・いくつ?と連続量・・・いくら?で単位の誕生である。
このように生活の中で何気なく使っている言葉に数学を考える土台がある。
3年生での割り算というのは、損する分け方と得する分け方がある。そして一つだけが平等という分け方になり、順列組み合わせで24種類になる。
24通り子どもにさせなくても何通りかやってみて、損得ありと損得なしの分け方があるというのが割り算であるという発見を導き出すこと。
損得なし=÷=分数 ÷…等しく分けるということ。
やっぱり面白いと思ってしまうのがこんな話だな。
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