珍しく(笑)地域版が早々と完成しました!!
一緒に印刷に行く仲間がいるので、締め切りを設けるお陰で、
ついダラダラと先延ばしにしてしまう私も、「この日までに!」と奮起して記事を書きます。
・・・と言っても、印刷日の前日の夜やら、当日の朝ギリギリまで書いているのですが(笑)
そして、伊藤祐冴ちゃんと、息子くんと印刷へ行きます。
(写真は、刷りたてほやほやの私の新聞を見ている伊藤ちゃん☆)
今回、「母の日に母を語る」ということで、
母のことを少しだけ書いてみました。
下書きなしで、一気に書き上げていくので、
修正テープだらけの原稿ですが、それがまた愛しい。
私が「お母さん大学」に入っているのは、
私の中の「お母さん」を求める幼い自分がいること。
自分が「お母さん」であることを命一杯楽しみたいということ。
大きくなっていく息子たちに、「お母さん」をいっぱいいっぱい残してやりたいということ。
その3つの想いがあるからです。
今まで、色んな葛藤がありながら生きてきたけど、
自分の手で新聞を書いていたら、
不思議と、素直に母に感謝する気持ちがむくむくと湧き上がってきました。
何だか、不思議な感覚でした。
真っ白い紙に向かい、ペンを持ち、自分の手を使って地域版を書く作業は、
自分自身を見つめる作業だと、改めて感じます。
さあ!5月号を引っ提げて、400部配布します!!
自分の奥の方に残されていた寂しさを抱えていた子どもに気づいて
大人になって母になった自分がその寂しがっていた子どもをしっかり感じて理解する・・・
母になった自分の手で子ども時代の自分を慰めていく一連の過程を
見事に成し遂げた美和子さんを感じました。
自分でしっかり感じ取ったことは同じような経験をしている人を感じてあげられますね。
みっこさん、温かいコメントありがとうございます!
ただただ、ここに記事を投稿するだけでなく、その投稿から
こうやってコメントを頂けることで、更に自分の中に「そっかー!」という学びと、
「美和子さん、よくやったね!」という励まし・肯定をもらえて、本当に嬉しいです。
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>母になった自分の手で子ども時代の自分を慰めていく一連の過程を
見事に成し遂げた美和子さんを感じました。
・・・とは、なんと嬉しい言葉なんでしょう!!
まだまだ、自立の途中で、やり残してきた思春期時代もありますが、
息子たちの思春期にまた、私は改めて自分と向き合う時期が来るのだろうと思っています。
身近にいる人ほど、素直になれないものですから、こうやって外へ言葉として出していくことが必要な気がしています。
・
「子育ては、お母さんじゃなくてもできるけど、こどもにとっては、『お母さん』じゃないとダメな時期もある」
賛否両論色々あるかと思いますが、勇気を出して、そう書いて、この表の文章を締めくくりました。
私も美和子さんのひたむきな姿勢にすごく刺激を受けています。
お母さん大学生になって記事を書くことは、私にとっては振り返りながら懐かしさや新たな気づきがあるんです。
そして自分の経験したことや感じたことなどを、子育て中のお母さんにコメントしながらの言葉磨きの訓練中。
絵文字を使えない旧世代は、言葉に命を吹き込む磨き方の訓練ができます。
美和子さんも今、言葉磨きの訓練中の人と感じています。
思春期は親子が将来本当にいい関係になるための2回目の関門ですからね。
<「子育ては、お母さんじゃなくてもできるけど、こどもにとっては、『お母さん』じゃないとダメな時期もある」
イクメン育ての本質が語られていないのがとても私には気になってきています。
お母さんじゃなきゃダメの時期・・・まさにこの問題なんですよね。
これをみんなでどのように理解しあうかの問題こそが社会問題として取り上げながら共生社会を作り上げていくのに
必要なんだけど・・・とモヤモヤしています。