お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

子育てって基本的にめんどくさいんだけどね。人魚姫に付き合ってみたら。

車に乗り込むとき。
私がやりたいと車のキーをはなさないイチカ。

でも、私がそもそも閉め忘れていたので、
イチカの出番なくドアOPEN。。。

納得ができないイチカさん。
自分でやるからまだ乗るなと、一度閉めてカギをピピッ。

閉まったことを確認。

それから得意げにカギをピピッ
ようやく乗車となりました。

お次は

自宅のマンション下のカギ。

ここでもイチカさん登場。

私がやる!と自己主張の嵐。

大人でも、ちょっとコツのいるカギなので、
簡単には開きません!

他の方が来てもあまり気にしないイチカ先生。
私のほうが早く早くってあせってしまいます。

そして、お風呂タイム。

幼稚園の絵本かりで『人魚姫』をかりてきたイチカさん。

私は人魚。
海に行く。

と、せっせと水着に着替えておりました。

ここは海!

私は人魚♡

以上、上記の3つの出来事。

夕方16時半に幼稚園にお迎えに行き、
18時半頃までの約2時間で繰り広げられたこと。

このほか、ちょこちょこ別バージョンありだけれど、
撮影できたのは上記3点。

子育てって基本面倒くさー

夕方の一番早く帰りたい時だったり、一番忙しい時だったりして、
いっちょいっちょ付き合ってらんないって思うこともたくさんある。

だけれど、

だけれど、

だけれどね、

この面倒くさいのに、一度もういいやって付き合いだすと
少し違う世界が見えてくる。

普段、感じない、見えない世界の入口に
子どもたちが連れてってくれる感じ。

より道も悪くないよって、
そこが楽しいんだよって、

ちょっと忘れてしまった私に教えてくれている感じがする。

いやーでも、やっぱり急かしてしまったり、
私が今日はやる!と取り上げてしまうこともあったりしますけどねッ

だけれどね。

 

3件のコメント

いいお話。
子どもの世界を感じるには・・・
生きている世界観の違いにハッとさせられますからね。
だけどもずっと一緒にその世界に浸れる余裕がないのが大人。
その中でのちょっとした隙間時間を感じた時こそ、子どもの世界に案内されますね。

大正生まれの親から生まれたのが私ですが、親から自分の子ども時代の話を聞かされ
実際自分が生きていた子ども時代には、戦争復興中の世の中です。
農村地帯は牛が田んぼをすき、田植えシーズンにはどこからか田植え雇人が来て一斉に
植えられていましたが、牛が耕運機に変わり田植え機なども出てきて農村地帯の雰囲気は変わりました。
そして農薬散布がなされるようになった時には、夏の暑い時期窓を閉めていました。
暗い話になりますが、農家で自殺された人はほとんどが農薬自殺でしたね。
サラリーマン社会に変化していく過渡期は、親が子どもに意気込んだのが教育でした。
それでも貧しい家では早く仕事に就くことしかできないこともあって、中卒が金の卵と言われて都会へ出ました。
子どもたちも自分の家族を感じ取って受け入れていた時代であったと思います。
親は必死に働く時代でしたし、そんな時代でも落ちこぼれと言われる人達はいたんです。
酒やたばこにおぼれる人が多かったのは、ギャンブルはまだ少なかったから。
戦争体験者のトラウマなどが酒などに向かったかもしれないと今では思います。
経済成長へ向かうのは復興の中にアメリカへのあこがれが組み込まれて物質的に豊かになれば
幸せになれるという思い込み幻想が強かったと思います。
色んな事を考える余裕がなかったのが良くも悪くも日本を今日まで引っ張ってきました。
今は真逆の時代になったのです。
とりあえずこのくらいまでにしておきます。(笑)

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ABOUT US
池田彩お母さん大学福岡支局長
お母さん大学福岡(ちっご)支局長/元お母さん業界新聞ちっご版編集長。長女が1歳の頃にお母さん大学に出会いマザージャーナリストに。ペンを持ったことで視点が変化し、「お母さんになれてよかった!」と心から感じる。久留米で活動をスタートして13年。現在は、久留米市合川町の「松葉荘」で居場所づくりをしながら、九州中のお母さんにお母さん業界新聞を届けようと奮闘中。3児(中3、小6、小2)の母/MJプロ/みそまるマスター/みそソムリエ