長男に続き、次男も学校に行きたくないと言い出した。
朝、しぶる次男を車に乗せて学校へ向かった。
始業時間を過ぎていたため、いつもは校門にいて挨拶をしている先生の姿もない。
ほら、着いたよ。と声をかけるが、次男は首を振る。
行かないの?
こくん。
休むの?
こくん。
本当に?
こくん。
はー、とため息をついて、学校の前から電話した。
今日は、お休みします。
明るくて元気で優しい次男。
学校に行くと、とても楽しそうにしていると。
授業でもよく手を挙げて発表していると。
先生に言われた。
来れば大丈夫だから、送り出してやってください。
その言葉、聞き飽きたなあ。
次男が保育園で登園しぶりをしたときも言われたよ。
長男が不登校になったときも言われた。
先生たちは、目の前の姿しか信じられないのかな?
行きたくないと思うその気持ちは、必要ないものですか?
まあ、寄り添いたいと思っても、ぐらぐら揺れてしまう私も、まだまだです。
>「ママと一緒にいたいの?」と聞くと、一緒でもひとりでもいいらしい。
ごめん、笑っちゃった。
さて、安達お母さんは、これからわが子とどう向き合うか・・・・
それが、テーマかも。
不登校の問題を語っても、簡単に解決しません。
それは、わが子と向き合う時間をもらえたということ。
よかったじゃない。
安達さんが、わが子に、悩んでいるそばで、フジモトさんは、ふぅふっふっとと
不謹慎に笑いながら、見守ります。
悩める母は、美しい。
このコメント、坂元さんにもつけていました。
みっこさんが注意してくれて、気づきました。
解決なんて、しなくて良いと思ってます。
悩ませてもらって、有り難いなと思ってます。
だって、不登校にならなきゃ考えもしなかったこと。
考えた分だけ、経験した分だけ、成長させてもらえる。
私も、わが子も。
そりゃあ、悩むのは苦しくてたまらんけれども。
夫には分からないだろうなと思うと、むしろ誇らしい。
解決しなくちゃとばかり思ってた自分が恥ずかしい。ずっと家に居るから、煩わしく感じて学校行けばいいのにと思ってた。
でも、学校に行けばいいのかと言えばそうでもなく、自分が楽になりたいというエゴだったと気づいた。
こうやって息子と向き合う機会を与えてくれたんだと藤本さんとまいちゃんのコメントを読んで分かったよ。ありがとう!
恥ずかしくはないよー。
解決しようと思うのは当たり前のことだから。
エゴって、私も難しいけど。自分を大事にするのって、大切なことだから。
自分も子どもも大事にする、ちょうど良い真ん中が見つかればいいなぁと思ってる。
不登校は「悪」じゃないですよ。
うちの次男も2年生の秋からふとうこうで、この4月から4年生になりました。
最初は私も理解できず、葛藤と苦悩の日々がありました。
いまは、次男はお父さんが怖くて逆らえないので、お父さんが時差出勤で朝家にいる日は学校へ行きます(笑)
でも、お父さんがいない日は行きません(笑)自由ですね(笑)
代わりに、放課後登校をします。それで行けたら「よし!」にしています。
本当は、学校へ行くことが全てじゃないんですよね。
でも、いまの世の中の小学生にはそれ以外の選択がないから、
学校へ行かないと世間からあぶれているかのようで苦しくなっちゃう。
親も同じような経験していないならなおさら、どうしたらいいか分からなくなりますよね。
息子さんたちは、「~すべき」という枠には収まらない、素晴らしく豊かな感性を持っているんだと思います。
「ギムキョウイク」という誰かが作った知識の量だけで評価される狭い世界だけじゃなく、
世の中にはもっと大事なことが詰まった世界があふれています。
それを身をもって教えてくれていると、私は解釈していますよ~
学校へ行くことが大事なんじゃなくて、家庭以外の居場所は、あった方がいいだろうなーと思います。
だから、うちも不登校になった時に、家でどう過ごすのかとか。
うちは、おばあちゃんが居たから一緒に買い物に出かけたりするならいいかなと思ったけど、引きこもり始めたらやばいなと思ったり。
親で全てをまかなうことは出来ないので、色んな人と接してほしいなとは思っています。
たまたま、素敵なフリースクールに出会えたから、うちは幸せです(^^)
「学校に行くのが当たり前」では無いんだと、問題提起してくれた息子には感謝です。