お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

ご意見欲しいです!”溜まり場”になって気づいたこと。

  • 我が家が、子どもたちの“たまり場”になって気づいたこと

6月ぐらいから、我が家が子どもたちの“溜まり場”になりました。
5人くらいのお友達が日常的に遊んでいきます。

その理由のひとつが、遊びやすい家の構造。

築45年くらいの中古物件、一軒家。太い柱は昇り棒になる。踊り場があり、鬼ごっこをしやすい。押し入れもあり、かくれんぼもできる。
裏庭があって、用水路があって、生き物観察もできる。外からのぞきやすい=人の気配を感じやすい。

私の実家は“最近の家のつくり”をしていて、高気密だし、玄関のドアは重いドアだし…と、最近の家と比較して、「あ、なるほど!うちは遊びやすいんだ」と気づいたわけです。

楽しそうに過ごしている子どもたちの姿を見るのは、基本的には“いい”。
ただ、毎日、何時間も…となると私が疲れてしまうのも事実。

滞在している間、少し危なかったり、喧嘩をしたりするので、私は“保護者”となるからだ。

“入りびたり”ではちょっと…と、私が携帯とLINE―IDをメモした紙をお友達に渡し、ようやく“お母さんたち”との連絡が取れるようになりました。
(コロナで色んな行事も中止。お母さんたちと知り合う機会がほとんどないんですよね…)

昔は、それこそ連絡網なんてものがあって、各お家の固定電話を予め知ることができていたのが懐かしい~!!

で、遊ぶ時間を決めたり、きちんと挨拶ができるように、などのちょっとした“ルール”を話し合うことができました。

ただ、ある一家のお母さんは離婚されていて、基本的に毎日一日仕事で忙しい。
そこの兄弟もうちによく来るのですが、上の子は、高学年で放課後児童クラブが使えない。下の子(娘と同じ学年)はこの夏休み、児童クラブを辞めたそう。一番下の子はまだ幼稚園なので、“預かり”が使える。

児童クラブは夏休み期間の利用は利用料が高めです。これがわりとネックになる。

私も仕事をしていますが、夏休み期間は義母のお世話になることも可能だったので、入学当初は児童クラブを利用していましたが、夏休み前に利用を辞めました。

公立幼稚園の預かりが、今度から最終18時までだったのが18時半に変更とのお知らせが行政の広報に書いてありました。

幼稚園、保育園は“やさしく”なっているけれど、中間=小学生の子どもたちの居場所をもう少しどうにかできないものかなと思うんですよね。

小学生ともなると、行動範囲も広がり、エネルギーもあり、元気いっぱい。
思いっきり遊びたくとも、遊べる公園が少なかったり、親は共働きも多く、行き来できるお家が少ない現状。
行き来できるお家があっても、そのお家にばかり負担がかかりかねません。ストレスになってしまいますよね。

親が忙しすぎると、「お友達のお家にお邪魔する時は、きちんと挨拶するんだよ」なんてことも、丁寧に教えることができなかったり…

”愛情不足“”経験不足“かな?って感じる場面があったり。
そのままそういう子どもたちが増えていくということは結局は社会に還ってくるわけで。

ホントに、「子どもは宝」なのなら…と思うんですよね。

空き家なんてたくさんある。
元気なシニアも多い。

ここを活かせば、第三の居場所をつくることは可能だし、多世代交流がいい作用を及ぼすことは、既知のことでしょう?!って感じるんです。

なんかこう、「システムが回っていない感じ」を、こんな香川県の片田舎で感じるのだから、実際日本全国、どうなっているのだろう?って。

「冷たい社会」?!

少し話がずれてしまいますが、私が勤めているマルシェで最近あるクレームがありました。

「みなさん、レジが遅い」と。

 

あ!!って思うんです。

最近はセルフレジ設置が進み、スマホ決済などもあって“待てない”人が増えているんだと。

 

いやいや。

食料品がてんこ盛りのカゴの場合、

重いものや軽いもの、お弁当など、いろいろ配慮しながらレジをするので、スピードには限界があるんですよって。

 

でも私もやってしまっているんです。

昨日、セルフレジのあるお店で買い物をして、私の順番が来たときにカゴをレジスタッフに渡したとたん、セルフレジに移動してしまったんですよ。

私自身が「待てない人」と化していました。

ここに、人間的行動はないって。

「お願いします」「ありがとうございます」って、コミュニケーションする機会はゼロだって。

“人として”いない私。

いや~、冷たい。

クレームを言ってきた人も、私たちが色んなことを配慮してレジ精算作業をしていることが想像できないゆえのこと。

“想像できない”って怖い。

冷たい社会になってしまっている。

なんでもファーストは、ともすると“冷たい”。

もう少し、きちんと、大切なことを、私たちは面と向かって話し合う時間が必要なんじゃないかと。

SDGsより、急務なんじゃないの?って。

 

と、長文、読んでくださった方々、ありがとうございました。
もやもやを、文章にしたかったのです。

8件のコメント

コロナで気づいた人はここにもいた!と私は嬉しいですよ、白川さん

争いを計画的に起こして大儲けする大陸の覇者達。
覇者の言いなりになり、お溢れに笑いながら国民を動かしてきた日本の政治は、先の敗戦に蓋をして今異臭が漂い始めたと私は思います。

敗戦を経験した世代は次次とこの世にいなくなり、辛うじて貧しい時代を聞きかじる私達世代も、コロナが怖いのテレビ脳に洗脳されたことを私は感じます。

崩壊と再生の時期にまさに突入していると私は感じたから、これからも対話できる人と諦めずに再生の知恵を探していきたいと思いました。

諦めず、焦らずに一歩から。

池田さん 
とっちらかった私のモヤモヤを聞いて下さりありがとうございます。

”再生の時期”そうですよね。
これ…って絶望的な、先行きが見えないような時でも、対話できる人はいる。
会話から対話へ。
私も、違和感をあきらめずに、何か一歩を、と思います。

ほんと 今や安心 安全 便利 快適の
日本になり、システムに依存し、依存すると
他人への思いやりもなくなるそうです。これを
私の好きな社内学者の宮台真司は「人の劣化」
と言ってます

香川県でも遊びば少ないとは驚きました
子どもたちは毎日窮屈な暮らしを
しているのですね
 
昭和の60年代は子どもがそれぞれの
家を行き来したりご飯を食べたりが
あたりまえだったのですがそれもなく

ひとつの家ばかりだと やはり
そちらばかりに負担がかかりますね
白川さんが毎回こどもたちを家で
遊ばせていると言う記事を読んだ時
それはとてもいいことだけど
大変なことも出てくるのではと
気になっていましたが、この記事を
読んでそうだよね。と納得しました。

時間とか決めるのは、いいことです。
いけないなと思ったことは
毅然とした態度で注意していいと思います
時には休室も(笑)

時には
「そんなことするなら、遊ばせられないよ」
くらいビシっと(笑)

レジの話しもあるあるですね
便利さが加速すると心の劣化もどんどん
進みます。しかしこれは後もどりできません
止まることは出来ないのです
なのでますます阿保な人間を量産していきます
マジやばいです

子育て真っ最中のお母さんは
そういう人間にさせぬよう
人を幸せにする子どもに育ててほしいと
宮台真司は言ってます

しかし、しかしです
今の時代に子どもたちを
家にいれ遊ばせる
白川さん えらいなあ

智子さん コメントありがとうございます!!
宮台真司さん❗️
私、社会学部卒なんで、一時よく本読んでました

お母さんがたとのやり取りで、お互いが気持ちいいように、無理しないように、そして、叱ることも、ときには、と。
お母さんたちとも必要なことは話し合う必要もありますものね。

いまの時代にうちに入れる…
私がそう育ってきたから、なんの抵抗もないんです、笑笑。
幸せな子ども時代やったんやろなと思います〜

雑談になります。
戦後から大人達のガムシャラに生きる姿、子ども達は外遊びで遊び回る時代。
高度成長期に貧乏から脱出できた時代。
昔よりもっと便利で楽になることばかりを追い求めてきた結果が今であること。

見かけはスマートにみえても、一緒に付き合う関係をもてば見かけとは違うことに
出くわしたりします。
学生時代、東京で共同炊事場アパートに入ったら、冷蔵庫の持ち主おばさんから
親切に使ってねと言われ、田舎者の私は素直に食料を入れていたら、ある日、
ラ―メンを作るおばさんから、あら私使っちゃたわアハハに唖然。

次は我が家の冷蔵庫にあった子どもの食べ物が夫に食べられ、子どもは自分のものに
名前を書く防衛を身に着けました。

聞いてみる経験が無い人は瞬間的な反射行動をするみたいです

息子の同級生が低学年のころ、冷蔵庫を開けたこともビックリ経験でしたね~

池田さん なるほどー。
時代によって、在り方もかわりますよね。
この現代の在り方での”健やかさ”ってなんなんだろなーって考えます。

そういえば、うちによく遊びに来るお友達でも、うちの冷蔵庫を(勝手に)開けていてちょっと驚きました。
が、家の環境を思えば「そうだよね~わからないよね~」って納得できてしまって。
そういう部分も、保護者を一時的にする私が教える役割なのかなって思ったり。

4歳過ぎた頃から、ルールがあることを先ずは親が教えるのが鉄則です。
しかし、それができない親、知らない親が増えていく時代を私は子育てしながら
感じてきたことでしたよ。

だからこそ、我が子が連れてくる子どもには教えていくのが大事だと思います。
自分の親しか知らないで育つのは子どもにとっては幸せにはなりにくいはずですから。

横浜の乾杯に行く前に読んでいて気になっていた記事で、だいぶ遅いですがコメントします。

子どものたまり場になって、それが遊びやすい構造だからとは、客観的な分析!

うちもたまり場とまではいきませんが、子どもがお友達と仲良くなるならと家に呼ぶことはちょこちょこあります。幼稚園のときはお互いさまと思って、呼んだり呼ばれたりでしたが、小学校に上がると働く母も増えたり、下に小さい子がいたりで、どこの家も子どもが呼べる家とは限りません。でも、毎回うちでとなると正直きついーと思うことも。

子どもの中には、親御さんに言われてるのか「うちはあかん」と言う子も。
それってどうなん?とモヤモヤが残ったり。

幼稚園のとき、冷蔵庫を勝手に開ける子、いました。
その時はびっくりしたし、注意して親御さんに変に伝わるとなーと思って言いにくかったですが、親御さんが「悪いとこあったら注意してねー」って言ってくれて、あ、言った方がいいんだなと思い、教育するつもりで言うこともあります。
(ただ注意するポイントが多すぎる子はちょっとこっちも疲れてしまうかも。)

家にお友達を迎え入れるのも、勝手に大人しく遊んでくれるのでない場合は、大人にとっても結構エネルギーがいること。そこを分かった上で、気持ちのいいお互いさまがあればいいんだけどな~。友達が「うちはダメ」っていう子だからと遊ばせないのも、友達の幅が狭まるし。

子どもは元気に外で遊べばいいって言っても、雨の日もあるし、今年ぐらい暑いと熱中症にもなりますもんね。屋内で三方良しで遊べるといいんですが。

私も小学生の遊び場、もうちょっと何かないかなーと思っていました。
うちの地域は放課後に、年間保険料さえ払っておけば遊べるキッズスクエアというものがありますが、そこだと行く子が限られてるらしいし、学校から家までが30分くらいあるから、低学年のときは帰りが心配で迎えに行ったり。家の近くで、屋内で遊べて多少気兼ねしなくていい場所、誰もが行ける場所、なんてあったらいいのにな~と思ったりしていました。

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ABOUT US
白川奈保
埼玉出身、2013年~香川へ。介護職の夫と、小学生の娘と、インコのとっちゃんと暮らす。 日常は、介護、医療、福祉に関するフリーの物書きとオーガニックなお店の店員。 好きなもの:沖縄、南米、高校野球、音楽いろいろ。 FB、物書きとしてのネームは「向田奈保」です。