先日、3回の自宅療養者が出た我が家。
1度目は私と夫、2度目は娘、最後は息子、みんな時期がズレていただけに10日ずつの自宅療養があり、子どもが自宅療養となると親も身動きが取れなかった。
夫婦で同時に感染した時は、体調が悪いなか、子どもたちのお世話が辛く、たくさんの要望にも応えてあげられないのが申し訳なかった。
ただ、人の優しさに触れた。近所のママ友がご飯を作って持って来てくれたり、職場の先輩からの差し入れのアイスや子どもたちへのおもちゃのおくりものが本当に有り難く、優しさが心に沁みて涙が出るほど嬉しかった。
そして、今考えてみると、親の体力的なしんどさはまだマシだった。
2回目は夏真っ只中、外に出られないことを悲しがる娘と共に、間もなく始まる我が家の夏休みの予定を立て、こんなことしよう、あんなことしよう、とお手製のカレンダーを作り、予定を書込み、写真を見て想像を膨らませた。お休みの日にある年長さんだけの行事ももうすぐ、楽しみはもうすぐだったから何とか乗り切れた。
そして3回目。まさかの夏休み直前。旅行もキャンセル、娘の年長行事も欠席が決まった。娘はその事実を伝えたそばから大泣き。「弟のせいだー」と弟を蹴る…。しばらく泣き止まなかった。娘の気持ちが痛いほど分かるだけに、辛くて悲しくて、私まで一緒に泣きそうになった。
保育園の年長行事の当日の朝、誰もいないところでカレンダーの予定を消しゴムで消していた娘。どんな気持ちで消したのだろうか。ずっと楽しみにしていたのに、どれだけ悔しかっただろうか。
ありのままを上司に伝えたところ、夏休みを別の日に変更させてもらえた。「お子さん達をどこかに連れて行ってあげて」と。たくさん休んで迷惑をかけたのに、有難いお言葉。お言葉に甘えて、子ども達が喜んでくれそうな計画を立てた。
3度目の自宅療養中、子どもの体調が良くなった後半は、遊びにも飽きてくると、毎日お昼と夜に子ども達と3人で料理をするようになった。2人とも自分の好きな料理をリクエストしては、作る。時には子ども向けの料理番組を見て、真似して作った。
今回の経験をして気付いたことは、人の優しさ、日々の生活を子どもと一緒にゆっくりできることの大切さ。何より、日常生活が、ありふれた毎日が、本当に幸せだということ。仕事や保育園に行ける、人に会える、外を走り回れる、元気で過ごせる、そんな当たり前のことが当たり前じゃなく、幸せなことだということ。
最後に備忘メモとして
困った事…
食材の買い出しに行けない→ネットスーパー様々!義実家からの食品、実家からの冷凍された料理、近所のママ友の差し入れ、そして出前!
子ども達の室内遊びの限界→狭い庭が大活躍…シャボン玉から始まり、両側の壁タッチ20往復、縄跳び、サッカー、パカポコ、雨の日はレインコートを着て外に出よう、草を瓶に飾ろう、草抜き、ベランダ掃除、窓掃除
でもやっぱり室内遊びしかない→色水遊び、絵の具、ごっこ遊び、粘土、お絵描き、トランプ、ジェンガ、野球、テレビ(どれだけ頼ってしまったか)、一緒に料理、お風呂プール、みんなで雑巾がけ大会!
子どもの保育園行事は未だに縮小傾向、コロナ禍によって、未来ある子ども達の心身の健康が、思い出が、失われないことを強く願う。
↑初めて子ども達だけで作ったサラダ
菅野さんがんばったね
やさしい上司に、子どもたちの手づくりサラダに感動しました
将来きっと成長の思い出になりますね
上司の優しさに救われました。きっと同じ子を持つ親として、子供のことを想ってくれたと思います。サラダは私も感動しました!
こんなにずっと一緒に過ごすことはもうないかもしれないので、そう思うと貴重な時間でした。
1年前の夏、わが家にもやってきたコロナの波。夏休みの後半の全てを奪われたわが家のことを思い出しました。すべての予定はキャンセル。とにかく、高校最後の夏を奪われた長女がかわいそうでした。でも理解はできる年齢。菅野家のお姉ちゃんは幼いなりに気持ちを吐き出して、消しゴムで予定を消して、気持ちを切り替えたんでしょうね。切ない。でもきょうだいで料理する姿、野菜サラダに救われました。ひとまわり成長した夏だったのではないでしょうか。
高校最後の夏、一番の青春を…悲しいですね。そうなんです、娘のカレンダーを消した跡が切ない。切なすぎました。
どうにかしたいのに、自分ではどうしようもないことがある、そんな現実を味わって、人生こんなこともあるんだ…と勉強にはなったと思います。
大変だったけど、いい経験です。
人のやさしさも、家族の愛おしさも、何倍にもなりましたね。
サラダまでつくれるとは、家族みんなが成長しましたね。
人の優しさ、家族の愛おしさ、確かにコロナのおかげで増したと思います。
ピンチはチャンス、娘は悲しい思いもしましたが、料理上手になりました!