お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

本気で「虐待をゼロ」に!  医療の領域からできること

「きょうよりもっともっとあしたはできるようにするからもうおねがい ゆるして  ゆるしてください」虐待死したある女の子が残していたメッセージです。「もっともっとできるように」なるべきは、「ゆるしてください」と謝るべきは誰なのか?
私たちに何ができるでしょうか。虐待の最前線に立つ溝口史剛先生に話を聞きました。
(聞き手・青柳真美)

社会問題化した児童虐待

子ども虐待というのは、大昔から存在していました。ただそれが社会問題化するには、子ども側の視点に立ち、声を上げられない子どものために動こうとする大人が一定程度存在することが不可欠です。日本ではようやく1990年代以降に社会問題化しました。

さまざまな領域の有志が声を上げ、子ども虐待防止学会が立ち上がったのが1994年。その後に医療の関わりの重要性を共有する医療者が、2009年に日本子ども虐待医学会を立ち上げました。以降、毎年学術集会を開催しており、今年は私の勤務地である前橋で開催されます。

第15回大会のテーマは「智 (ち)・医(い)・絆(き)を あげて守り抜く:子どもの君 を、子どもだったあなたを」 としています。

このテーマに込めた通り、私たちは子どもを中心に据えつつも、育児が苦しい状態となっている親の力になりたい。点で助言するだけではなく、継続的に地域が包み込むように支え・支えられていると感じられる関係性を、子ども・家族・地域の関係機関とつくりたい。医療の持つ力を信じ、その力を広く届けていきたいと考えています。

医療者だからできること

「残虐な待遇」を想起する虐待という言葉は、さまざまな誤解を生み出し、本来行いたい支援から人を遠ざけていると私は思っています。「虐待=犯罪」という狭い概念を変えていくために、私たちは戦っているともいえます。

社会的な要請の高まりとともに、今では大病院のほぼ100%に「院内虐待対応組織」が整備されています。しかしほとんどの病院は、対応ケースは年間数件で、「犯罪行為を当局に通報して終わり」の状態にあり、「虐待=家族からのSOS」と捉え、育児支援として年間50件以上対応を行っている病院は10%もありません。

客観的に「虐待」といわざるを得ない状況のみを捉え、親を責めるような態度をとったり、腫れ物扱いのよそよそしい対応をすることは、親の孤立感を深めてしまいます。

もちろん重度の損傷を負った子どもを前に、一旦は親子を離し、子どもの安全を担保した上で問題解決を図らざるを得ない切迫したケースもあり、とりわけ拷問虐待(トーチャー)と呼ばれるタイプの虐待は加害者の矯正可能性が著しく低く、再発可能性や死亡リスクも著しく高いため、毅然と対応しないとなりません。しかしそうしたケースに引っ張られ、「人と人とは支え合うべきである」という本質を忘れてはなりません。

事態が深刻化してしまった親の背景には、本人がどのように捉えているかに差異はあれ、実質100%子ども時代の傷つき体験が隠れています。深い傷つきを抱えた子どもが思春期以降に示す「困った行動」はSOSに他なりませんが、現状はさらに社会から白い目で見られる傷つき追体験となっています。

傷を抱えたまま大人になり親になり、実家からの支援も得られず孤立化した状況の中で、自分の価値を全否定するかのように「虐待親」とのレッテルが貼られてしまう。それが正しいこととは思えません。社会は「大変な中よくがんばってきたね。これからは一緒に考えようね」と共にある姿勢を示すべきだと考えています。

医療者は最重度の虐待ケースに出会う立場にあり、かつ心身の状態を科学的に捉える立場でもあります。だからこそ、「傷に赤チンを塗る」だけでなく、真の問題にアプローチする貴重な機会とすべきだと考えています。

社会の価値観を変えていく

ユニセフの調査によると、日本の子どもの身体的健康は世界1位。

一方、精神的健康は世界で下から2番目でした。小児科医は身体的健康が1位だったことに胸を張っていればよいのでしょうか?

現在、児童精神科医は圧倒的に少なく、初診は3か月待ち、地域によっては1年以上待たされます。心からズキズキと血が流れている子どもを前に「心の問題は専門家任せ」「しかたがないじゃん」とし続けてよいのでしょうか?

子どもと関わるあらゆる人が、自分の立場なりにできることの伸びしろを広げ、子どもと寄り添うことができる社会にしないといけません。

「子どもを虐待するなんて信じられない」「子どもを見ると自然と笑顔になる」と思えることは、とても幸せなことです。そう思えない状態の苦しみを抱えている人もまた、我々の大事な隣人であると考え、ぜひ愛のおすそ分けをしてほしいと思います。

母になったという尊い選択

この世に生まれ出たすべての子どもは無条件に祝福され、迎え入れられ、大切にされるべき存在です。そして、経緯はどうあれ、その子を産み育てる判断をしたことは、この世の中で最も尊い選択であり、社会全体がそれを支えていかなくてはなりません。

しかし日本の女性の幸福度を調べたある調査では、子どもを産めば産むほど女性の幸福度は下がっていました。ベビーカーで電車に乗るのも躊躇してしまう。子どもの騒音クレームが優先され、子どもたちの遊び場がどんどん奪われていく。子どもやお母さんにやさしくない国に、明るい未来はありません。

どんなに一生懸命にがんばっても、私の生きているうちに虐待がゼロになることはないでしょう。

しかし、よりよい形で次世代にバトンを繋ぎ、私の子どもの、その子どもの世代がバトンを繋ぐ頃には、虐待で苦しむ子どもをゼロにすることは全く不可能ではないと、私は本気で考えています。強者の声・組織の声ではなく、子どもたちの声・お母さんの声を大事にすることこそが、そのカギになると思っています。

Profile: 溝口史剛(みぞぐちふみたけ)
1975年神奈川県出身。1999年群馬大学医学部卒業、2008年群馬大学大学院修了。群馬大学小児科関連病院勤務を経て現在、前橋赤十字病院小児科副部長を務める。専門医資格として日本小児科学会認定小児科専門医、日本内分泌学会認定内分泌代謝科(小児科)専門医を有し、公認心理師資格も取得している。日本子ども虐待医学会理事、日本子ども虐待防止学会評議員。一般社団法人ヤング・アシスト代表理事。プライベートは大学生・高校生の2人の子どもの父親。

 

第15回日本子ども虐待医学会学術大会
「智 (ち)・医(い)・絆(き)を あげて守り抜く:子どもの君 を、子どもだったあなたを」

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