『愛蔵版 みどりのゆび』
モーリス・ドリュオン/作
ジャクリーヌ・デュエーム/絵
安東次男/訳
愛宕裕子(あたご ひろこ) Profile
東京の多摩地域で育つ。国際基督教大学在学時に韓国へ交換留学。卒業後、岩波書店に入社。36歳から19年半、児童書編集部の編集長を務める。絵本「てのひらむかしばなし」シリーズ、読み物『さかさ町』「くろグミ団は名探偵」シリーズ、少年文庫『ガラガラヘビの味 アメリカ子ども詩集』『夏のサンタクロース フィンランドのお話集』など書籍編集に携わる。息子、娘、カメと暮らす。趣味は山歩き
『みどりのゆび』は、フランスの作家モーリス・ドリュオンが1957年に発表した童話。日本では岩波少年文庫から刊行され親しまれていますので、読んだことのある人も多いと思いますが、今回ご紹介するのはその愛蔵版で、編集にあたった岩波書店児童書編集部・愛宕裕子さんにお話を聞きました。本紙特集記事とあわせ、心が動いた人は、ぜひ手に取ってみてください。
(聞き手・青柳真美)
『みどりのゆび』はどんなおはなしですか?
主人公のチトは、裕福な家庭に育つか弱い少年ですが、ちょっと変わっていました。種に触れるだけで花を咲かせることのできる「みどりのゆび」を持っていたのです。そのことは庭師のムスターシュおじいさんとの秘密でした。
チトは、かみなりおじさんによる「規律」の授業で訪れた刑務所や病院、貧民街などを花でいっぱいにし、囚人や病人、貧困に苦しむ人たちに希望をもたらします。
ある時戦争のニュースが伝えられ、お父さんが経営する兵器工場でつくっている大砲や鉄砲が戦争に使われていると知ったチトは一大決心をし、行動に移します。印象的な結末は明かさずにおきますが、単なるファンタジーでは終わらない、平和を祈る名作です。
愛蔵版を編集された経緯とその目的を教えてください
『みどりのゆび』は、私が岩波書店に入社した時にはすでにロングセラーでした。1965年に岩波おはなしの本として翻訳出版され、1977年からは岩波少年文庫としてたくさんの方に読んでいただいていました。
愛蔵版を出したのは2009年です。発端は品切れになっていたハードカバーについて、翻訳出版権の契約更新を求められたことでした。おはなしの本を復刊する選択肢もありましたが、少し古めかしく感じられたこともあり、企画から見直そうということに。そこでモデルにしたのが、弊社のベストセラー、ミヒャエル・エンデの『モモ』の愛蔵版でした。
『みどりのゆび』は、読む人の心に根源的な問いを投げかける物語です。幅広い年齢層のファンの方がいるとしたら、美しいたたずまいの本につくり変え、新たな価値を創造していけるのではと思いました。
とても美しいご本ですがこだわったのはどこですか?
全編、ピュアで繊細な美しさに満ちた『みどりのゆび』。詩的な雰囲気や言葉の面白さも特徴です。愛蔵版ではその内容をより豊かに表現。画家のデュエームさんは今年96歳で亡くなりましたが、この物語の絵をカラーでも描かれていて、それを初めて目にした時、コレだ!と思いました。
本書ではモノクロとカラーの挿絵をふんだんにあしらいました。価格は当初の構想よりも高い2600円となりましたが、十分その価値は味わっていただけるのではないかと思います。
函入りの正方形に近いフォルム。黄緑色のクロス装に緑色のスピン(栞紐)、表紙に「TISTOU」(チト)の空押し、背表紙にはチトが耳をすましているイラストをあしらいました。デザイナーのおかげで、とても美しい本になりました。
不朽の名作だからこそ、身近なところに置いていつでも手に取ってもらえるように。また飾っておくだけでもいいし、プレゼントに選んでいただけたらうれしいですね。
どんな人に読んでほしいですか?
ロングセラーとはいえ、知らない方は多いと思います。児童文学に馴染みのない方にも読んでほしいけれど、特に読んでほしいのは、お母さんです。
滑らかでふくよかなやさしい語り口調は、読み聞かせにも最適でしょう。繰り返し読むことでおはなしの世界が広がり、母と子で感想を語り合うのも楽しいと思います。子どもに接する保育士さんや先生たちには、チトのように型にはまらない子もいるんだという視点を持つ意味でも、一読していただけたらと思います。
学校から帰されたチトを迎えたお父さんは、「人生とは、いちばんいい学校なのだ」と、学校とは異なる学びの機会を与えました。「世の中ってもっともっとよくすることができるとおもうよ」というチトの言葉は、諦め、流されてしまいがちな大人に響くのではと思います。
物語が伝えたかったことは何だと思いますか?
小さなチトが、自分の持つ力を惜しみなく使う姿が私たちに訴えかけるもの。それは、誰もが自分の「みどりのゆび」を持っているということではないでしょうか。チトのように花を咲かせることはできないけれど、美味しい料理をつくることはできる、美しい音楽を奏でることができる…。そして、その「みどりのゆび」をよりよい方へ向かうために使うこと。
誰の心にもチトが宿ることを願っています。すべての子どもたちが安心して暮らせる世界になりますように。そんな祈りとともに、多くの方に手に取ってほしい一冊です。
岩波書店さんには戦争や平和の本も多いですね
何事もそうかもしれませんが、大事なことは、知るということ。人が言うことをそのまま信じるのではなく、自分で考えるということだと思います。「気づくとそんなことになっていた」というのが戦争の恐ろしさだということは、歴史が教えてくれています。
子どもたちには、愛されている安心感が一番の平和だと思いますが、幼いうちに夢中になるほどの楽しい経験を蓄えることが大切だと感じています。そういう楽しいことや、普段当たり前にしていることができなくなってしまうのが「戦争」です。
もう少し長じれば、世の中には残念ながら大切な人や物を奪われてしまう経験をした人もたくさんいるので、そのような話から学んでいくこともできると思います。知ること、考えること、話し合うこと。本はそのきっかけになってくれるはずです。
岩波書店では戦争と平和をテーマにした本もたくさん出しています。「子どもたちのために!」が合言葉の『どうぶつ会議』、ユダヤ人の10歳の少女がオランダで生き延びた実体験を貴重な絵入りの手紙とともに伝える『父さんの手紙はぜんぶおぼえた』、歴史からこぼれ落ちてしまう人の生活こそが大切なんだと気づかせてくれる『13枚のピンぼけ写真』…。
テーマが重たいと敬遠されがちなタイプの本たちですが、こうした物語を通して知ること、人間の真実にふれる感動が、「戦争に反対する、十分強い確信」という根っこになるのではないかと、密かに期待しています。『暴力は絶対だめ!』と訴え続けたリンドグレーンの毅然とした態度は、子どもに関わる方々の模範になると思います。
岩波書店の戦争をテーマにした本たち
『父さんの手紙はぜんぶおぼえた』
タミ・シェム=トヴ/著、母袋夏生/訳『どうぶつ会議』エーリヒ・ケストナー/文
ヴァルター・トリアー/絵 、光吉夏弥/訳『暴力は絶対だめ!』
アストリッド・リンドグレーン/著、石井登志子/訳『13枚のピンぼけ写真』
キアラ・カルミナーティ/作、関口英子/訳
古山拓/絵
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